2009-09-22

久住小春卒業〜prologue

モーニング娘。「久住小春」に関する大事なお知らせ
とっくに既出ではありますが、全ての端緒はここということで。

卒業・引退ネタ

私はこのblog「かな苫庵」や、仲間内での日記のやりとり用としてのmixiにおいて、ハロプロメンバーの卒業・引退・ゴシップ等の話題については、あえて避けてきた。この方針を決めた出来事は、当時W(ダブルユー)に所属していたあいぼんこと加護亜依の喫煙発覚・謹慎(後に事務所解雇)の一件からだ。
当時の自分はあいぼんではなく辻希美の方のヲタだったが、あいぼんの謹慎処分により、W自体も活動停止状態となってしまった。もちろん、辻希美自身はソロで活躍していったわけだが、その一件が起きた当初は結構ショックであった。その時の心境を一度はmixiの日記に書いたが、すぐに削除してしまった。
センセーショナルな話題だったため、mixiのいわゆるマイミク界隈でも多くの人がその話題で日記を書いていたと思う。そしてそれらの意見は多様だったような、それでいて紋切り型的な感じでパターン化されていたような記憶がある。そしてそれらの日記・意見を読んでいるうちに軽い苛立ちを感じていた。何て言うか、人ごと感というか無責任さというか、あるいは写真週刊誌と等質のイヤらしさというか…。肯ける意見に対してもそうだった。
だが、そうした苛立ちを感じないで済んだものは、それを書いた人があいぼんヲタであった場合。

そんなの言いがかりじゃないか、と自分でも思うのだが、あいぼんヲタ以外が書く日記なり意見なりに対して苛立ちを感じた事は事実であった。なので、それ以来私は、自分の推し以外のゴシップネタについて書くことを辞めた。そしてゴシップ以外の、卒業・引退・結婚等についても同じ方針を貫くことにした。ゴシップにしても卒業にしても結婚にしても、(当事者となった)友人たちに対しては、直接話しをするのが一番だと思う。祝福するにしても慰めるにしても。

そして、今回の久住小春、である。

推しということ

一推しとそれ以下とでは、不連続な壁がある。今現在、自分の中では一推しが小春で二推しが桃子ということになっている。半年くらい前までは逆だったんだけど。

それと、一グループ一人推しというのも自分の中では固まっている。娘。なら小春、ベリなら桃子、℃-uteならえりかちゃん。(エッグは人数多いし、活動の形態から言っても一人の一推しを決めるには至らないけど。)これは結局、コンサートのステージで誰を追うか、ということでもある。ステージの全体を見ないと勿体ないのは確かだけど、やはり注視するのは一人になってしまう。そしてそれがそのグループ内での一推しということになる。

一推しとそれ以下って話しは、もうそういうものだとしか言い様がない。二推しと三推しとでは順位の差があるに過ぎないけど、一推しと二推しとでは推しの構え自体が違う。

二推し・三推しが卒業・引退したとしても、一推しがいる限りはヲタを続けることができる。そして他の二推し・三推し…を探せばいいのだから。
実際に、℃-uteのえりかちゃんもこの秋で卒業・引退となるわけだけど、その後の方針を模索していた。℃-uteを推すこと自体をやめてしまうのか、えりかちゃんに代わる人を推すのか。まあぶっちゃけ、マイマイか岡井ちゃんか、両方か、って思ってたりしてたんだけどねw

そんな矢先の、我が一推し・小春の卒業である。
小春のいる場所であるハロープロジェクト自体を応援する動機が失われてしまう事を意味する。アップフロントエージェンシーという、彼女が所属する事務所自体には籍を残すようではあるが…。

決して知り得ない真相

つんくが前述のオフィシャルサイトで私は、プロデューサーとして久住をソロ活動させたく思い、卒業させることを決めました。(中略)本人の希望するモデルとしての新たな出発を目指し、新しいステップに進ませようと思います。と言っている。そうは言われても、卒業の理由やらきっかけやらいきさつは非常に不透明だ。そして狼あたりではこの辺の事情を推測する話題で盛り上がったり。
この不透明感はえりかちゃんについてもつきまとっているし、思い返せばBerryz工房の石村舞波、℃-uteでも村上愛、有原栞菜、数えたらキリがないハロプロエッグから突然卒業していったメンバーの数々…。取って付けたような理由を公式に発表されたりあるいはされなかったり…。

結局、我々ヲタというかファンはその辺の真実を知る術はないし、アイドルという商品を消費するコンシューマーとしては公式の発表を受け入れるしかない。誰々という生身の人間ではなく、アイドルという意匠を背負い、イマジネールなレイヤーを介して初めて相対することが可能になる彼女たち。全ては所属事務所とやらが与える所与の中で推すしかないのだ。
これが神から与えられた杯ならばともかく自分はそれをのみほさなければならない(『友情』武者小路実篤)
そして、小春自身が納得し、最終的には小春が納得して選んだ道であることを心の底から望む。

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